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「みかんのヤマ」 25 スタバには行ったことがない 20220113

 公園の敷地内には博物館があって、開館前の軒下は人影もないし涼しくていい。
 わたしはしゃがみ込んで、魔法瓶に詰めてきた麦茶を身体に流し込む。
 大通りまで出るとスタバがあることは見聞きして知っているけれど、わたしはそんな華やかな店に入ったことなんてない。

 裾で口を拭いながら、本格的に暑くなるころには十八歳になると気づき、冷や汗が背を伝う。気が焦る。わたしは目的に向けて進めているんだろうか。
 ガラス張りの建物に自分の姿が映り込んでいるのが目に入った。反射的に言葉が口をついた。

 なめるなよ。ざけんな、山の王。
 取り返してやる、うちの畠を。いやみかん山を丸ごと、あんたから奪うよ。

 自分の姿が鏡やガラスに映るたび、唱えることにしているフレーズだ。
 自分が何をどうしようとしているのか、決して忘れないように。
 よし、今日もわたしは忘れていない。人を操るあらゆる術を、一刻も早く身につけるためにわたしはいる。そう確認すると、ちょっと気分が落ち着いた。

 それにしても骨学や太極拳は、知るに足るものだ。極めれば、武器になる。
 人は、とりわけ高齢になると、身体を楽にし調子よくしてくれる者を無条件にリスペクトする。リハビリセンターや城下の公園での太極拳の先生は、統率のとれた大軍を指揮しているかのよう。戦士たちの動きはずいぶんゆったりしているけど。

 目的に益するならばと、わたしは夜に骨学の自習、早朝に太極拳への参加を習慣づけて、欠かさなかった。
 習慣ができると、そこに人との関係も生じてくる。そうした流れに乗ると、新しい世界の扉が開くこともある。
 太極拳の先生や参加者と顔馴染みになり、すこし距離も縮まってきて、ある朝レッスン後に声をかけられた。
「これから皆でお茶でも? そこのスタバ」

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