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「若冲さん」 17    20211107

「なんというかこう、モノにぐっと寄った、迫力ある絵。そういうのがあれば、ひとつ見せていただきたいのですが」

 大典の前に座を占めた四代目が、そう来意を告げた。
 旦那衆っぽく丁寧な物言いであると同時に、その口調には、自分が絵を観せてもらうのはさも当然とでもいう清々しいまでの図々しさがあり、大典は半ば呆れた。

 まったく、この男が無口で無気力の引き篭もりだなどと、町でもっぱら噂になっているとは俄かに信じ難い。
 四代目の澄ました瞳をしげしげと眺めながら、大典は不思議を感じた。

 まあ所望の絵は出して進ぜるとして、ときになぜお前さんは、まるでふたりの別な人間がひとつの肉体の内側に住み着いとるんだ? 
 つまり、当主の立場を意に介さず何でも「したくないんですが……」のひとことで押し通す面倒くさがりの人間と、この寺へ来て絵のことなら何でもがめつく要求してくる前のめりな人間のふたりだ。
 なんでそんな対極が同居することになった?
 大典が問うと、訊かれた四代目のほうはここでもまた、「はて?」という顔をして澄ましている。

 無知無自覚はやはり強いな。仏様の教えにも、どこか通ずるところがある。
 講和にでも使えそうな教訓が、この御仁のありようには含まれておる。そんな気がして、大典は一歩踏み込んだ。
 して、かようにふたりの人間を内に飼うお前さんの、望むものはいったい何なのだ?
 望むもの……? さて。ただ描いていられれば。
 何を? 何をそんなに描きたいのだ。
 いまは鶏ですが……。いえ、鶏がそれほど好きというわけではなく。なんというかこう、生命を。生命が感じられるものを、みずからの手でひとつ生み出せたら、それ以上望むものは他にないと思えるんです。

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